山形市・Web作成・ワードプレス・CMSサイト制作・フラッシュバナー作成・SEO
パスリッチ/山形県山形市でホームページ制作作成を行っていますに  
メインメニュー
オンライン状況
1 人のユーザが現在オンラインです。 (1 人のユーザが フォーラム を参照しています。)

登録ユーザ: 0
ゲスト: 1

もっと...
ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
メイン
   雑学・雑話の部屋
     昭和は時代劇?・・・

スレッド表示 | 新しいものから 前のトピック | 次のトピック | 下へ
投稿者 スレッド
monoru
投稿日時: 2009-12-24 11:28
管理人
登録日: 2008-4-5
居住地:
投稿: 9
昭和は時代劇?・・・

先日、テレビである映画監督が、
「江戸時代を撮るよりも、昭和時代を撮るほうがずっと大変なんだよ」
といっていた。

その監督が言うには、昭和はもう時代劇なのだそうである。

そういえば、江戸時代と違って、昭和時代はだんぜん物があふれている。
その物をそろえるだけでも大変なことは想像に難くない。

身近なものでいえば、テレビドラマに出てくる携帯電話を見ただけでも時代背景が分かることはよくある。

昭和は時代が長いし、物が次々と生まれ出てあふれだした時代でもあるので、その撮影はやはり時代劇なのかもしれない。

というわけで、8月28日から書き出した16歳でのバイク冒険旅行「一人ぼっちの旅行」につなげたいと思います。

この中の写真も、まさに時代劇ですね。



「一人ぼっちの旅行-7」


(写真は、46年前の芦ノ湖畔のキャンプで知り合った隣のアメリカ人家族のテント)

【一路上山へ】
元箱根町の駐在所さんの家で晩ご飯をご馳走になった僕は、お礼もそこそこにバイクにまたがった。
お巡りさんの家族がみんなで外まで出て見送ってくれた。
「気をつけてな」
というお巡りさんの声に、「はい」と答えて僕はバイクを走らせる。
時刻は夜の9時になっていた。

小田原におりたあたりでヘッドライトが突然消えてしまった。
国道の道路脇の灯りをたよりに、それでも速度を落として走り続けた。
ときおり、車が通るときはバイクを道脇に停めて車をやり過ごしたりもした。
しかしミニバイクに不釣合いなほど大きなリュックサックを荷台にくくりつけているのである。
そのバイクがライトも点けず、押して歩く姿は、何とも不思議な姿なのかもしれないのだった。

結局誰かが通報したのだろう、小田原を出たところでパトカーがやってきて尋問された。バイクのナンバープレートから山形のバイクであることは判るし、免許証の住所も山形県K市となっていることから、事情を説明するとパトカーの警官もすぐに事件性はないと判断したのか、30分ほどで開放してくれるのだが、俺にとっては迷惑な時間だった。
ただ、「ライトも点けずに乗っちゃだめだよ」と念を押された。
僕は「はい」とうなずくしかない。

そんなことから、車が見えないところだけバイクに乗り、車が見えたらバイクを引いて歩く作戦をとった。

二宮町辺りで日が変わり、8月13日を迎えた。
その後も大磯町で一度、茅ヶ崎で一度、夜が明けた藤沢市に入るまでに、3度もパトカーに尋問を受けたのだった。

茅ヶ崎での時は、もう慣れっこになってしまって、警官に向かい、
「夜が明けるまで警察署に泊めてもらえませんか。もう尋問はいやですから」
といった。
パトカーの警官は笑って取り合わなかった。

結局小田原から6時間のほとんどをバイクを引いて歩き、夜が明けたのは横浜市戸塚区辺りだった。
もうすでに元箱根を発ってから8時間が過ぎていたが、まだ51キロほどしか進んでないのだった。
明るくなったのをよいことに、僕はようやくバイクを全開で走らせた。
早朝の横浜市街を過ぎ、東京へ入ったのは午前5時を過ぎたあたりだった。
早朝の東京はすがすがしく、気分が良かった。

しかし、都心に近づくに連れて事情が変わってきた。
午前6時頃になると急に車が多くなり、片側何車線もある広い道路を走るのはかなり苦労することになったからだ。
僕がもっとも恐れた光景だった。
道路標示に書かれている地名がまったく分からず、ピンと来ず、左右どちらへ曲がるべきか、また真っ直ぐに行くべきかが分からないのだった。
そういう意味では、東京タワーがいい目印になったのだが、その東京タワーが右に見えたり、今度は左に見えたり、走っているとまた同じ場所に出たり、気がつけば2時間も東京タワーを中心にしてぐるぐると廻っているのだった。

また霞ヶ関とおぼしき場所では、濡れた道路に気づかず、タイヤが横滑りして思い切りこけてしまった。
バイクは壊れず、運良くかすり傷だけで済んだが、リュックから飛び出したプラスチック製の水筒が割れ、水が飲めなくなってしまった。

そんなこともあり、東京ではずいぶんと時間を取られたが、上野までたどり着いたときは、あとは4号線をひたすら北へ向かって走るだけなので、ようやく安心することができた。

考えみれば、箱根を発ってからこの上野へ着くまでは、不眠不休で12時間もかかってしまっていた。
(次号へ)
スレッド表示 | 新しいものから 前のトピック | 次のトピック | トップ